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2016年8月13日(土) 23:59

杞憂でもない

 普通に生活していても、ノンレム睡眠中は意識が途切れる。
 だが、翌朝に目覚めたとき、自分が別人になったという気持ち悪い気分を味わうことはない。確かに前日と同じ自分であると認識できる。それはなぜだろうか?
 同じ肉体の中で目覚めるから?

 心臓を移植しても、同じ人間である。しかし、脳を移植したら(可能だとしてだが)別の人間になってしまう。
 肉体は同じでも別人だ。いや、脳が入れ替わっている。では、脳のバックアップとレストアでは、同じ人間だろうか?それとも別の人間だろうか?
 仮に、脳神経細胞の物理的同一性が人間の同一性を決めるとしたら、知能のすべてがノートと結線と信号強度だけで実現可能という仮定とズレが生じるように思われる。

 脳神経細胞の物理的同一性が必須だとしたら、脳を一度にではなく少しずつ電子回路に置換した場合、どこで別人になったと自覚するものだろうか?

 考えれば考えるほど、命とか知能とか人格とか・・・どんどん訳が分からなくなる。

 実際には、培養した脳神経細胞にレストアするというのは非常に困難だろう。結線や信号強度まで指定して脳を培養するのは、ちょっとどんな超科学なのか想像できない。恐らく医療技術というより、超高性能な有機物3Dプリンターのようなものになるだろう。
 それよりは、電子回路に置換する方が恐らく簡単だろう。
 事故死した後、脳を電子回路に置換して「命」をそこにレストアした場合、生き返ったと言えるだろうか?
 生き返ったと言えるかどうかは別として、そういう復活人間と最初から電子回路の脳を持ったロボットに、違いはあるのだろうか?

 ノードと結線と信号強度を用意すれば知能が実現できるのであれば、そういう電子回路を備えたロボットは知的であると言える。それどころか、自我や意識や人格を持っているとさえ言える。
 電子回路で脳がシミュレートできるようになれば、自我や意識や人格を持った機械が生まれる。
 そのような機械が、人類を敵とみなすことがない保証は、どうやって得れば良いのだろうか?

 ホーキング博士の懸念は、杞憂ではないのかもしれない。

written by higashino [科学コラム] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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