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2016年8月15日(月) 21:17

区別できない

 機械の体に人間の脳を搭載することができれば、恐らくそれは機械の体を持った「人間」とみなされるだろう。
 では、人間の体に電子回路の脳を搭載したら?
 1からそんなことをするなら、明らかに倫理的問題が生じる。だが、脳に致命的ダメージを負って死んだ人間に対し、脳を電子回路で置換。バックアップしてあった「命」をそこにレストアするというのは、理論的に可能である。現在では工学的に困難というだけに過ぎない。これは、人間だろうか?
 個人的意見では、これは生き返ったに等しいと考える。だから、人間だ。

 レストアに失敗して、既存のどの人格とも無関係な知性として復活してしまったら?

 もう言いたいことは分かって来たと思うけど、人間とロボットの違いはどこにあるのだろうか?
 知性や意識や自我や人格、一般に命とか魂と呼ばれる概念。それらがノードと結線と信号強度だけで実現できることを認めた瞬間に、人間とロボットの違いは無くなってしまう。
 人間の代わりに高度な知的作業を遂行できるような人工知能を開発することは、人間を創造するようなものだ。

 ノードと結線と信号強度で実現される人工知能には、出力を厳密に制御できないという問題がある。AlphaGo
が悪手を打った場合、それを修正するのはルールベースの人工知能のように簡単ではない。将棋の方だって同様で、人工知能の欠点は明らかになっているがそれを修正するのは困難極まる。
 それに加えて、ある程度以上に複雑になった人工知能においては、自我や心が自然発生する可能性が高いことまで考えると、おっかないなんてものじゃない。だらだらと思いつくままに思考を羽ばたかせているけど、一番言いたいことは赤字の部分です。

 人工知能には安全装置(良心回路)は不可欠だし、恐らくは良心回路の有無で人間とロボットを区別するという逆側からの定義になるのではなかろうか。

written by higashino [科学コラム] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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